アントニオ古賀から始まる人生小劇場
パソコンで、金沢工業大学のライブラリー・センターに設置してあるライブ・カメラの映り具合をモニターしていたら、レンズのはるか前方を鳥が飛んでいった。
「お~っ、鳥が飛んでいくぞ!」と、思わず大声を上げた。その時、横を通っていったスタッフのN君が「鳥ぐらいで何を大騒ぎしているんですか。スーパーマンでも飛んでいるなら驚きますが」と言ってのけた。
FM-N1のサイマル放送をパソコンで聴く時には、ライブ・カメラの映像や静止画のスライド・ショーが見られるオマケ付きになっています。1粒で2度おいしいのですが、スライド・ショーの中には野鳥の写真や山野草、野々市町の風景など多彩に展開しています。
犬の写真もアップされており、スーパーマンならぬスーパーワンが“空”をひとっ飛びしているものがあるのを知らないのか。後が怖いので口には出せず、心の中で叫びました。「可愛げのない奴だ」。
とはいうものの、本当は茶目っ気タップリなのです。
先日、「高橋リバーサイド・ステーション」という番組を担当しました。日曜日午前9時からの番組「ハイスクールDJ」(再放送は午後5時~)が第5週に当たる時は、スタッフが好みの音楽を流すことにしています。
5月31日のことでした。1曲目がアントニオ古賀の「クスリ・ルンバⅡ」でした。アントニオ古賀は、名前からも分かるように古賀政男さんの弟子でギターの名手です。「その名はフジヤマ」というヒット曲も歌っています。が、「クスリ・ルンバⅡ」はコミック・ソングで、薬の名前、お酒の名前、麻雀の役の名前を羅列しただけの曲なのです。
いきなりこの歌で、どんな進行になるのか心配していたら、コメントが洒落ていた。「人生にとって、つき物ばかり」ときたものだ。言われてみれば、薬は人の命を救うものだし、お酒は憂さを晴らす秘薬、百薬の長である。ギャンブルは時には人生を狂わすが、切っても切れない趣味、道楽でもある。人生そのものがギャンブルに例えられることもあるほどだ。コミック・ソングが名曲に思えてきた。
続いて、由紀さおりの「ルームライト」だった。人目を避ける男女がタクシーで帰ってくる。「♪あの薬屋の角を曲がると」別れの時で、女はタクシーを降りる。男は前を向いたままで、女には目を向けない。男の横顔だけをルームライトが照らし出す。
意外な展開になってきたぞ。
3曲目が鈴木雅之の「タクシー」だった。別れた女が、男に会いたくなってタクシーに乗り込む。体が冷たい雨に濡れたからだ、と屁理屈を並べながら、もう一度の逢瀬を望むのだが、迷いが吹っ切れず、タクシーに乗ったまま都会の夜をさ迷う、という歌詞だった。
タクシー運転手は様々な人生模様を見ている。が、反対に多くの人から観察される立場でもある。と、言われれば、ごもっとも。
次に繰り出されたのが桑江知子の「真夜中のドライバー」だった。
初恋の男が沖縄を出て、都会でタクシー運転手になっている。便りの一つもない。タクシーに乗って、三線の島唄が流れていたら、それが私の探している人だから、教えてほしい、とお客さんに頼んでいる切なさが心に響く。酒や女、ギャンブルで身を持ち崩していないか心配している。
なるほど、人生はやっぱり、酒とギャンブルがつき物なんだ、と妙に感心した。タクシーという狭い車内に、いろんな人の人生を乗せながら走っている、と言うN君。お客も運転手も人生に迷いそうになっているが、運転手は必ず「お客さん、どちらまで」で始まるのだそうだ。
最後は、青木光一の「僕は流しの運転手」だった。歌詞に「お客さんどちらまで」とあった。
そして、次の第5日曜日は8月にある。N君は図々しくも、先輩のT君の担当を取り上げたらしい。そうか、スーパーマンを見つけたわけでもなく、「高橋リバーサイド・ステーション」ぐらいで驚いていてはいけないのか。















