桜の小径に秋風吹けば
P.P.M.のMさん(マリー・トラバースさん)が亡くなった。最近ではppmと言えば濃度を示す100万分の1の単位を思い出す人も多いのだろうが、化学嫌いと年配の方々にはフォーク・ソングのピーター・ポール&マリーであろう。
P.P.M.を知ったのは高校生のころだった。「花はどこへ行った」「虹とともに消えた恋」「風に吹かれて」「レモン・トゥリー」など、英語が苦手で発音もままならぬままに歌ったものだった。特に、「虹とともに消えた恋」は全く歌詞の意味が分からなかった。後年、レコードの宝庫・金沢工大PMCの守り神ロイ・キヨタさんに、それはアイルランド語であると教わった。
中でもお気に入りは「パフ」である。おもちゃで遊んでいた子供が青年になり、やがておもちゃを捨てて、桜の小径を通って大人の世界へ向かっていく歌である。
誰でもが、一度は必ず通る「青春」と呼ばれる時間。それが桜の小径と重なる場面に心を揺さぶられるからである。
私にとっての桜の小径は、松任(現白山市)の西川通り沿いの桜並木である。西川通りというのは、手取川七ケ用水の一つである中村用水を西側に分水して、松任の市街地の方へ引いたところから名付けられたのだろう。桜並木は約700メートルに渡っておよそ110本が植えられている。昭和天皇の即位を祝ったものだそうで、これらも大人になって知ったことである。
西川通りは母校である松任小学校、松任中学校の裏手に当たり、通学路になっていた。金沢の高校に入学してからは通りを歩くことはなく、「パフ」の歌のように、桜の小径を卒業して青春時代に入っていったのである。
遠い昔のことである、が、ひょんなことで再び、桜の小径と付き合うことになった。
スタッフの谷川君が担当する番組の名前を「桜の小径でララバイ」(月曜正午~)と付けたからである。歌の好き嫌いのベースはまだ子供の頃、母親が口ずさむ歌に影響されているのではないか、と思ったからである。昭和の歌謡曲は母の背中で聴いた子守唄に似ている、という意味を込めたのである。
それ以来、谷川君が頭をひねって選ぶ曲が楽しみの一つになった。
しかし、桜の小径を通っていた少年ももう還暦である。人生を季節に例えるなら春は青春、夏は壮年、秋は熟年、冬は晩年となる。気がつくと、桜の小径にはもう晩秋の風が吹いている。亡くなったマリー・トラバースさんも享年72歳になっていたというから、皆で仲良く歳をとったということだろう。
FM-N1では10月改編の準備に慌しい。谷川君の「桜の小径でララバイ」も4年目に入っている。やはり秋風が吹いている頃合だろうか。ということは、来春は…















