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FM-N1ヘッドライン

雪の降る町を

 今朝(17日)、初雪を見ました。もちろん、石川県内では数日前に初雪が観測されたのは知っています。私が見たのは、FM-N1のサイマル放送で見ることができるライブ・カメラ(金沢工業大学ライブラリーセンター屋上に設置)の映像です。

 午前6時を過ぎたころ、まだ陽の上がらないうちのモノクロ映像が突然、色つきの画面に変わるのです。映し出された家々や学生の寮、アパートの屋根が白く光っているのです。日本海の方からは雪を運んでくる雲が次から次へと押し寄せてきます。

 春4月にカメラを設置して以来、楽しみにしていた光景でした。一緒にアップされている輪島・千枚田の映像も、積雪に縁取りされた光景は一幅の絵画を見ているようでした。

 ライブ・カメラの狙いの一つが雲の動きでした。夏雲より、冬季に日本海を渡ってくる筋雲が絶品ではないかと思っていたからです。まずは狙い通りといったところです。

 そしてもう一つは、冬の雷です。夏の雷は画面が一瞬、真っ白になるだけなのですが、雪雷は雲に映し出されて幻想的な光景が見られるのではないかと期待しているのです。遠雷であればなおさらでしょう。

 太平洋側の人たちには意外かもしれませんが、冬の北陸では雷が付き物なのです。小さいころは、この雷が大の苦手で、夜中などに鳴り出すと、布団の中で小さく丸まって、怖い思いをしていたものですが、今では雷をまっているとは…。成長したのか鈍感になったのか分かりません。

 雪と言って思い出すのが、末松廃寺跡で見つかった和同開珎の銀銭のことです。雪解け水が土中から銀銭を洗い出したのです。この発見がきっかけとなって同廃寺の調査が進展して、11月にはシンポジウムも開催されました。後輩のUさんは、特番づくりやサイマル放送の画像制作に心を亡くすような思いで忙しく立ち働いていました。夏場から、県内の関係地を巡って撮影を行ったのですから、気合も入っていたのでしょう。

 末松廃寺が、白鳳時代に中央集権国家、律令国家を目指す手取扇状地の開発を牽引する象徴的なモニュメントでした。ここでは詳しく紹介できませんが、日本の古代史を切り拓き、画期的なページを新たに書き加えたことは間違いありません。

 これも、北陸の地や人々をを育んできた雪の賜りものと言っていいでしょう。雪の降る町こそ私たちの故郷なのです。

 こんな感傷に浸るときは「雪の降る町」の歌を聴きたくなるのです。子どものころ、下駄履きで、雪の降り積もる町の通りを歩いた記憶。自分の下駄の音しか聞こえなかった。上を見上げれば、電柱に取り付けられた電灯の灯りの中を雪が舞っていました。この曲は自分の中の名曲になっています。

 もう4、5年前になるでしょうか、第1スタジオで放送されていた番組「ストア・オールディーズ」の中で、高英男の歌う「雪の降る町を」が流れていました。レコードの宿命ともいえるシャカシャカというスクラッチ音が、本当に雪の降っている音に聴こえたのでした。思わず廊下に飛び出すと、そこにはやはり、金沢の雪の中で育ったUさんも飛び出してきていました。

 末松廃寺の特番が制作できた力もきっと、「雪の降る町を」の賜りものだったのでしょう。

Permalink | 2009年12月17日 14:34 | 宮崎正倫