「なごり雪」が解けた
節分・立春の寒波もようやく峠を超えたようだ。暖冬の言葉に裏切られたように感じるのはひとえに歳のせいと言い聞かせている。しかし、南極の方では、南極観測船の「白瀬」が例年の2倍以上の厚さの氷に阻まれて難渋していた、とも聞く。二酸化炭素による地球温暖化の掛け声が、いかがわしいのではないかと思わせる。
太平洋岸に低気圧が接近して、関東地方にも積雪が観測されている。かなり以前、1~2センチの積雪でも大慌てになる人々を眺めて「たったこれしきの雪で…」と嘲笑う論調もあったように覚えているが、その土地々々にはそれぞれの風土、生活習慣があることを忘れた暴論であった。
私なんぞは北海道の寒さに耐えられないし、南方の暑さにも根をあげてしまう。コミュニティ放送に携わっていればいるだけ、地域の特徴の大切さが身に染みてくる。
東京の雪といえば、思い出される曲がフォークの「なごり雪」であろう。
「東京で見る雪はこれが最後ね」という歌詞から、3月の情景を歌ったもので、学生生活を卒業し、別れ別れになる男女の切なさを歌っている。その心情が団塊の世代にうけたのか名曲といわれるまでになっている。
「去年よりきれいになった君」と別れていくのだが、単に故郷へ帰るから仕方がない、という風に聴こえてきて、はっきりとした理由が分からないために、名曲と言うぬは物足りなさを感じていた。
はっきりとさせない方がイメージを膨らませやすく、作詞のテクニックと言ってしまえばそれまでの話なのだ。
しかし、「なごり雪」のアンサー・ソングを見つけたのである。南佳孝の「昼下がりのテーブル」という曲である。
昼下がりの自室で、男性が思い出に耽る、という設定である。
「時代は変わるもの」「一人だけを愛し続ける難しさを知った」「きれいになっていく君を見てきた」「何も変わっていない気もする」
学生生活の4年間は短いようで、若者にとっては成長するに十分な長さがある。
去年より容姿はきれいになったが、心の中は変わっていない、と冷静に見つめている。そして、自分は変わってしまっており、大人になろうとしている事を知っている。
「なごり雪」では、この二人はどうした人生を送っていくのか、と疑問に思っていたものだが、「昼下がりのテーブル」を聴いて、後悔が後に残らなかったようで、長年の疑問が解けて、ほっとした。レコードのA面、B面にしたい組み合わせである。
この曲は、1月31日の番組「高橋リバーサイド・ステーション」で放送された。駅のホームは人生がすれ違う場所で、行き交う人たちの人生はなかなか交わらない、をテーマにしていた。
流れた曲は「ホームにて」(中島みゆき)、「ああ上野駅」(井沢八郎)、「修学旅行」(舟木一夫)、それに「なごり雪」(イルカ)、「昼下がりのテーブル」(南佳孝)の5曲。担当はスタッフのKさんだった。















