50年前、"市村少年"が御経塚で見つけたお宝
野々市町御経塚にある御経塚遺跡は、北陸最大規模の縄文集落があった遺跡であることを、今では広く知られています。この遺跡の発掘のきっかけになったのが、今から54年前の昭和29年、一人の中学生による土器の発見でした。
その人の名は市村正則さん=写真=。当時の押野中学校の3年生でした。現在は、野々市町ふるさと歴史館に勤める市村さんが12月24日の「マイタウンののいち」に出演しました。実は、何度も取材でお会いしていた市村さんでしたが、あの土器を発見した「市村正則少年」その人であることをつい最近になって知ったのでした。
「中学校の授業で先生から君らの家の近くにも縄文や弥生の土器が出てくるかも知れない、と言われたことがずっと頭の中にありました。ある日、近くの田んぼを掘っていたら、本当に矢じりや石の斧で出てきてびっくりしました」。市村さんは50年以上前のその日の情景を今も鮮明に覚えていると言います。
市村少年は、発見した"宝物"をしばらく家に大切にしまっておきました。しかし、自分だけの宝にしていてもしようがないと思い直し、授業で土器のことを教えてくれた先生に見せました。そして、「驚いた先生が当時の地元考古学界の重鎮だった高堀勝喜さんに見てもらったところ、これは大変なものだ、大発見だ、と大騒ぎになったんです」。
「きっと縄文人がお前を呼び寄せたんだ、と友達から言われましたよ」と、照れる市村さんです。
市村さんは会社を定年退職したあと、御経塚遺跡の遺物などを収蔵する縁深いふるさと歴史館に勤め、縄文土器にちなんで土器をつくる「古代体験」などを指導しています。「生まれ育った野々市町が縄文から古代、中世、そして、現代まで連続して多くの人が住み、栄えてきたことを誇りに思います」。番組で終始、笑顔を浮かべながら市村さんは語ってくれました。
