大指揮者レナード・バーンスタインが愛したピアノ

名器「ベーゼンドルファー・インペリアル」

名器「ベーゼンドルファー・インペリアル」

ベーゼンドルファー・インペリアル/普通の88鍵のピアノより低音部が9鍵多く設計されています

野々市町文化会館フォルテには、世界ピアノ三大メーカーの一つ「ベーゼンドルファー」がコンサート用に備えられています。中でも、フォルテにあるのは、最上位機種の「モデル290インペリアル」。インペリアルとは皇帝のことです。その名にふさわしく、石川県に2台、全国でも150台しかない高価で希少なもので、“ピアノのロールスロイス”と喩えられています。

ウィーンの工場見学に訪れてサイン

もう一つ、フォルテの〝ベーゼン〟には、大変に貴重な〝刻印〟があります。指揮者で作曲家のレナード・バーンスタイン(1918年~1990年)のサインが記されているのです。
 バーンスタインは、20世紀後半のクラシック音楽界で、ヘルベルト・フォン・カラヤンと人気を二分した大指揮者です。また、ミュージカル「ウエスト・サイド・ストーリー」などを作曲。作曲家としても高く評価されています。
 ベーゼンドルファーの本社はオーストリア・ウィーンにあります。ウィーン滞在中のバーンスタインがベーゼンの工場を訪れて何台かのピアノを弾き、その音色を気に入って、響板にサインしました。そして、そのうちの1台が海を渡り、日本の輸入代理店を経て、発注した野々市町文化会館フォルテに届きました。今から20年前の1988(昭和63)年5月のことでした。

オスカー・ピーターソンなども愛用

著名なピアニストがピアノ工場に見学に訪れ、気に入ったピアノにサインをすることは珍しいことではありません。優れたピアニストでもあったバーンスタインが気に入って署名をしたわけですから、フォルテのピアノがそれだけ素晴らしい音色を奏でたという証明です」。
 こう説明するのは、調律師の堺義和さん(野々市町住吉)です。堺さんは、フォルテにベーゼンが納入された20年前から、このピアノを調律してきました。「ウィンナートーンと呼ばれる独特の音色が出ます。クラシック以外でも、ジャズのオスカー・ピーターソンが愛用していました」と、堺さんは長年接してきた名ピアノの特徴を話してくれました。

名器「ベーゼンドルファー・インペリアル」

響板に記されたレナード・バーンスタインのサイン。バーンスタインは、若手の指導にも熱心で、小沢征爾、佐渡裕らを育てました

町音楽文化協会が要望して北陸初に

フォルテにベーゼンを入れて欲しい」と、町に要望書を出したのは、野々市町音楽文化協会でした。フォルテが完成する前年の1987(昭和62)年6月でした。当時の会長だった宮岸洋二さん(野々市町上林3丁目)は、「木戸博也さんらが提案して理事会で決定したことを覚えています。音楽ホールのピアノと言えば、スタンウェイが当たり前の時代でしたけれど、北陸で初めて野々市町にベーゼンを導入しよう、と話し合った結果でした」と振り返ります。
 フォルテを管轄する野々市町情報文化振興財団では、昨年5月、「ベーゼンドルファーを弾こう」と題した催しを開きました。FM-N1や町の広報誌、財団のホームページで呼びかけたところ、14人の定員に対して91人の応募がありました。
 「初めはどれくらいの人が集まるか全く分かりませんでした。しかし、予想をはるかに超えた大反響で、近郊の市や町からもたくさんの応募があり、継続して行うことになりました」と喜ぶのは、企画した古源恵美さんです。昨年に続いて今年も3回の催しを行い、今年度最後の会が12月21日に開かれます。
 過去5回の応募者総数の内訳を見ると、延べ175人のうち、金沢市56%、野々市町24%、白山市10%、能美市・小松市各3%。ちなみに、演奏者の最年少は6歳、最高齢は79歳です。

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