古代史エッセイ ~徒然キーボード~/道君はアシカの君?

「ミチ」の音から名前の由来を探る

先月、「まぼろしの邪馬台国」という映画が封切りされた。竹中直人と吉永小百合が主演している。実在した宮崎康平さんをモデルにした映画である。実は、私が最初に古代史に興味をもったのは、高校時代に、宮崎さんの同名の本「まぼろしの邪馬台国」を読んでからである。
 視力を失った宮崎さんが、聴覚を頼りに、文献に書かれた古代の言葉を、当時の発音で聴くことで、北九州の地名と比較しながら邪馬台国の所在地を解明していくものだ。以来、素人の考古学ファンの域をでないが今でも、宮崎さんの影響もあって、邪馬台国は筑後川流域の筑紫平野にある、と信じている。
 しかし、地元・石川県の古代に興味をもったのは、つい最近のことである。
 末松廃寺は謎の多い史跡、裏を返せば解明が十分に進んでいない史跡である。学究の世界で、真剣に古代史に取り組んでいる歴史学者や考古学者の皆さんには申し訳ない、と思いながら、謎が多いとされればされるほど、素人の興味はいやがうえにも高まってくるのは致し方のないところだ。
 数多い謎の中でも興味をそそられるのは名前です。
 末松廃寺からは、「朱仏寺」と墨で書かれた須恵器が出土しています。ただ、同寺の創建年代とされる660年ごろから時代が新しくなる、ということも聞きました。もうひとつの手掛かりは、高村さんが調査した当地の小字の中に「法福寺」(のっティ新聞9号参照)があることです。あとは考古学資料、文字資料の証明が不可欠となるのですが…。
 名前に関する謎は、末松廃寺の創建に与したとみられる地元の古代豪族「道君」についても言えます。「みちのきみ」と読むのですが、名前の由来が分からないからです。
道君の本貫地とされる金沢・森本にある「郡家神社」

道君の本貫地とされる金沢・森本にある「郡家神社」

古事記に、アシカの皮として書かれている「未知皮」の部分

古事記に、アシカの皮として書かれている「未知皮」の部分。(小学館、新編日本古典文学全集「古事記」校注・訳 山口佳紀 神野志隆光)

古代の豪族は、地名と結び付けられて呼ばれていました。国家の仕組みである「国郡郷」制のもとでは郡名つまり、越前国加賀郡にいた道君は「加賀君」と呼ばれるのが常識であったはず。それが何故、「みちのきみ」と呼ばれるようになったのだろうか。
 全国の豪族の中で「道」が付けられていたのは吉備(岡山県)の上道臣と下道臣の両氏です。それでも地名が基になっています。備前国上道郡と備中国下道郡です。
 それでは、道君のミチの意味とは?
 これまでの説では、地名から探せば、白山市吉野谷にあった「味智郷」であるが、郡の下の位置付けであり、地方豪族の本貫地としては狭小すぎる。
 次に、歴史家の浅香年木さんは、日本海の水運に着目して、「北ツ海ツ道」を利用した豪族の姿を想起して道君の由来を考察する。安倍比羅夫に従った蝦夷征伐、大陸との交流を考えれば、強く引かれる論である。
 しかし、海の道は日本海だけではない。水運権を握っていた豪族は全国にいる。地名を捨ててまでの名称となるだけの印象は薄いような気がする。また、中央政権が道君だけに抽象的、概念的な意味を込めて命名したのだろうか? 仏教に象徴されるように抽象的、概念的な言葉は最先端の文化であり、国家統一のための優れた道具立てであろう。地方豪族に対し、例外的に付与すると、にわかには信じがたい。

ここはやはり、道君に属する特徴的な形あるモノ即物的名詞が転じた、と考えるのが自然ではなかろうか。「ミチ」の音を頼りに、宮崎さんではないが、聴覚を頼りに手掛かりを探してみた。
 そして耳の奥に響いてきた「ミチ」は、海驢(あしか)、海の中にいて、水族館の人気者であるアシカである。
 古事記の天孫降臨の件に、トヨタマビメ(豊玉毘売=海の神ワタツミの娘)の家にホヲリ(山幸彦)が訪れ、アシカの皮の敷物を敷かれて饗応を受けたとある。
 「口語訳 古事記 神代篇」(文春文庫)の中で、訳者の三浦佑之さんは、原文の表記は「美知皮」であり、日本書紀には「海驢(あしか)」とあって「ミチ」と訓注が付けられている。近世までは日本近海に生息していたという。毛皮として珍重されたという。
 現在、道君の本貫地は金沢・森本の河北潟に面した地域が有力である。今では干拓によって水辺からは離れているが、当時の政治の中心地と窺わせる「郡家神社」もある。
 もちろん、珍品で希少価値の高いアシカの毛皮が中央政権で人気があった、もしくは道君自身が装身具として身にまとい、交易のために大和の豪族たちの前に姿を現したことが強烈な印象を与えたのではなかろうか。
 宮崎さんの足元には及ぶべくもないのは承知だが、聴覚から謎に迫ってみた次第です。そういえば、春の健康診断で聴力が落ちている、と指摘されたのを忘れていた。
 講釈師、見てきたような嘘を言い、でしょうか。(静円)

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